いなのどうたく
伊奈の銅鐸は,大正13(1924)年12月22日,宝飯郡前芝村(豊橋市前芝町)林豊治所有の宝飯郡小坂井町伊奈字松間の畑の深さ80㎝の地中から,横里富三郎,北川馨によって,掘り出された3個の銅鐸である。弥生時代後期の三遠式銅鐸で,袈裟襷(けさだすき)文様,高さと重さそれぞれ74.3㎝・12.1㎏81.0㎝・21.7㎏,81.5㎝・25.8㎏である。
発掘された銅鐸は,大正15(1926)年2月7日東京帝室博物館(国立博物館)に1200円で買い上げられた。
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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
伊奈の銅鐸は,大正13(1924)年12月22日,宝飯郡前芝村(豊橋市前芝町)林豊治所有の宝飯郡小坂井町伊奈字松間の畑の深さ80㎝の地中から,横里富三郎,北川馨によって,掘り出された3個の銅鐸である。弥生時代後期の三遠式銅鐸で,袈裟襷(けさだすき)文様,高さと重さそれぞれ74.3㎝・12.1㎏81.0㎝・21.7㎏,81.5㎝・25.8㎏である。
発掘された銅鐸は,大正15(1926)年2月7日東京帝室博物館(国立博物館)に1200円で買い上げられた。
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