どんとさいれん

 正午を知らせる号砲をドンといった。東京では明治4(1871)年から昭和4(1929)年まで,江戸城旧本丸で空砲を発射した。名古屋鎮台では明治21(1888)年から正午のドンが始まったといわれる。豊橋では明治37(1904)年八町の練兵場で正午のドンが始められた。明治40(1907)年豊橋市に移管され,午砲台は向山の高台(工兵隊作業場)に設置された。大正15(1926)年5月15日,市役所屋上に時報器(サイレン)が取り付けられた。

 第2次世界大戦中は,時報器は公会堂屋上に移され,正午の時報に替わって,警戒警報・空襲警報のサイレンがなった。第2次世界大戦後は,市役所屋上に設置されている災害予防などの警報が鳴らされた。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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