きよすしんでんかいはつしまつき

 「清須新田開発始末記」(豊川堂 昭和51年)は,清須新田開発の契機,開発過程が如実に記載されている。なかでも中西秘録書は,新田経営法,家督・分家の関連,財産分与などについての家憲的指示書となっている。

 吉田(豊橋)宿本陣の清須屋当主は,代々中西与右衛門と称した。第4代中西与右衛門藤清は,本陣職兼宿問屋役であったが,寛文3(1663)年清須新田46町歩9反7畝を開発した。現在の豊橋市清須町である。元禄3(1690)年,中西宝勝没後以降,幕末までの中西家の系譜が不明確であったが,昭和40年代の後半中西秘録書と中西家系図写しが発見され,それらの資料をもとにこの開発始末記が書かれた。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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