とうかいどうじんぶつし

 「東海道人物志」(三都書林 享和3年)は,東海道五十三次各宿場とその周辺に住む文人などを紹介したいわゆる「姓名録」である。大須賀鬼卵は,安永8(1779)年妻夜燕(やえん)とともに吉田(豊橋)に移り住んだが,天明3(1783)年妻を亡くしてからは,三島宿,府中宿,日坂宿と移り住んだ。

 「東海道人物志」には,各宿場ごとに各人物の得意とする専門分野,雅号等,居所・俗名という3項目を1行3段に分けて記載してある。豊橋市域の宿場では,二川宿で俳諧の山本長左衛門と医・詩・俳諧の紅林善司の2人が,吉田宿では生花の恩田太惣大,書画の恩田吉作(石峰),針術・和歌の林織江,俳諧の古市木朶(もくだ),漢学・国学・太鼓の植田栄作(義方)など38人と,宿場近郊の下地村で狂言の山本彦七など5人,計45人が紹介されている。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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