あらいせきあと

 「新居関阯」907坪(浜名郡新居町新居字関門跡)は,大正10(1921)年3月3日,国の史蹟に指定され,昭和30(1955)年8月22日,国の特別史跡「新居関跡」として指定された。

 新居関所は,江戸時代幕府が江戸防衛を目的として諸街道の要地に設けた関所のうち最も重要な関所の一つであった。浜名湖が太平洋とつながる今切口西の新居宿に置かれたため,江戸時代には今切関所(いまぎれのせきしょ)と呼ばれた。ここで往来の旅人や荷物を改めたが,ことに「入鉄砲に出女」と呼ばれる,江戸から西国へ向かう女性や,江戸へ入る鉄砲の改めは関所手形により厳重に行われた。慶長6(1601)年(慶長5年ともいう)に,設置されたが,元禄14(1701)年と宝永4(1707)年の2度,地震や大津波などにより大きな被害を受け,宿場とともに移転している。設置より元禄15(1702)年までの100年間は,幕府の直轄であったが,元禄15(1702)年以後は,三河国吉田(豊橋)藩の管轄となった。

 明治2(1869)年,新居関所廃止後も,安政2(1855)年建て替えの関所建物(木造平屋建て,瓦葺,建築面積291.19㎡)はそのまま元の場所に残り,現存する全国唯一の関所建物である。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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