あいちけんかいたくし

 「愛知県開拓史」(愛知県 昭和53・55・56年)は,戦後開拓地区誌編・通史編・戦後開拓資料編の3巻で,昭和初年から,第2次世界大戦後の愛知県内旧軍用地や御料林の開拓の歴史や苦労などが記されている。

 第2次世界大戦終戦直後の,昭和20(1945)年食糧飢餓解決策として「緊急開拓事業実施要領」が公布されて,旧軍用地と御料林を開拓しての食糧生産計画が示された。愛知県農業会は,旧軍用地と御料林を開拓するため「戦後就農対策実施要綱」を作成して,愛知県下の旧軍用地800町歩(800ha)と御料林借上地2000町歩(2000ha)を解放して戦災者,海外引揚者,復員者,失業者の就農斡旋(あっせん)を実施した。場所として,豊橋市の高師原と天伯原,東春日井郡の本地ヶ原の軍用地,南設楽郡千郷村と西加茂郡猿投村の御料林が開拓就農地として決められ,就農斡旋が行われた。

 自己資金3000円と家族労働力の有無が条件となり,戦災者,海外引揚者,復員者,失業者の優先順位によって開拓が始まった。昭和20(1945)年10月から翌21(46)年3月までに3068人の応募があり,1292人に就農斡旋が実施された。

 1戸平均1町2反(1.2ha)が配分され,日常生活上の協力単位となりうる4戸~10戸の小さな集村(疎村)を作り,30戸前後で1集落を形成する土地配分であった。開拓鍬(くわ),根切鍬,人力抜根機が主たる開拓用具であり,開拓は困難を極めた。

 関連項目 - 弥栄

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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