しろばんば
「しろばんば」(中央公論社 昭和38年)は,井上靖(やすし)(1907~91)の自伝的小説である。昭和35(1960)年1月から同37(62)年12月「主婦の友」に連載された。昭和38(1963)年,「続しろばんば」が書きおろしで中央公論社から出版された。物語の主人公洪作は,作者の体験にもとづいた自伝的要素の強い少年で,天城山麓の湯ヶ島が主な舞台である。主人公とおぬい婆さんとの小旅行,すなわち大仁,沼津,下田,父母の住む豊橋への訪問の場面が間奏曲のように印象的である。
作中,大正2(1913)年洪作とおぬい婆さんが豊橋への旅を終えて湯ヶ島へ帰郷した場面で,以下のように豊橋が描かれている。「おぬい婆さんは,次から次へと豊橋の町で見聞きして来たことを話した。毎朝,箱入りの見本を持って菓子の注文を取りに来る若松園のことや七重に連れられて見物に行った高師ヶ原の練兵場や豊川稲荷のことや,話しはあとからあとから……」
当時井上靖の両親が住んでいた立川町という町名は存在しなかったが,往時の中八町の東側で,約100mほどの細い路地に沿ったエリアを通称で立川町と呼称していた。
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豊橋市議の長坂です。
豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。
このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
https://www.city.toyohashi.lg.jp/14682.htm
では!
「しろばんば」(中央公論社 昭和38年)は,井上靖(やすし)(1907~91)の自伝的小説である。昭和35(1960)年1月から同37(62)年12月「主婦の友」に連載された。昭和38(1963)年,「続しろばんば」が書きおろしで中央公論社から出版された。物語の主人公洪作は,作者の体験にもとづいた自伝的要素の強い少年で,天城山麓の湯ヶ島が主な舞台である。主人公とおぬい婆さんとの小旅行,すなわち大仁,沼津,下田,父母の住む豊橋への訪問の場面が間奏曲のように印象的である。
作中,大正2(1913)年洪作とおぬい婆さんが豊橋への旅を終えて湯ヶ島へ帰郷した場面で,以下のように豊橋が描かれている。「おぬい婆さんは,次から次へと豊橋の町で見聞きして来たことを話した。毎朝,箱入りの見本を持って菓子の注文を取りに来る若松園のことや七重に連れられて見物に行った高師ヶ原の練兵場や豊川稲荷のことや,話しはあとからあとから……」
当時井上靖の両親が住んでいた立川町という町名は存在しなかったが,往時の中八町の東側で,約100mほどの細い路地に沿ったエリアを通称で立川町と呼称していた。
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