愛知豊橋市長坂なおと のblog

最年少・無所属で2015年の豊橋市議会議員選挙に、新人トップ当選(全体8位)2019年現職トップで再選(同2位)。ブログ総アクセス数400万超。地元・豊橋のこと、地域のこと、商店街のこと、まちなかのこと、市役所・市議会のこと、ニュースを見て思ったこと、いつも考えていること、そして、地元・豊橋のことなどを書いていきます。~住んでほの国、失敗ええじゃないか~

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豊橋市議の長坂です。豊橋市公式「特別定額給付金」ページこちらです。https://www.city.toyohashi.lg.jp/item/75857.htm(下記が検索「豊橋 特別定額給付金」で一番上に出てきたURL...)https://www.city.toyohashi.lg.jp/item/75508.htm※本ブログの日付は5月15日です ...

わちがやじょう  月ヶ谷城は,豊橋北部方面で勢力を誇った西郷氏の城の一つである。城址(じょうし) は正宗寺の南西裏山にあたり,遺構として曲輪(くるわ),堀,土塁,井戸,土止め用のためと思われる石積みが確認できる。縄張りは,南東方面に出曲輪を築くなど本坂峠方面か ...

わだじょう  和田城は,「三河国二葉松」(元文5年)に,「古代和田民部住ス,後渡部久左衛門,永禄年中,同息図書助・浄,元亀元卒,同息山城守茂」とある。和田氏については明らかではないが,渡辺氏は「渡辺氏御系譜」によれば代々摂津国に住み,楠木正成とともに千早城 ...

よしだじょうえず  「吉田城絵図」は60数点が確認されており,描かれている内容により6分類できる。①郭内(三の丸内)中心に描き藩士屋敷地を簡略化したもの ②藩士屋敷地までを描くもの ③町屋までを描くもの ④地震破損図 ⑤御殿図 ⑥その他(例えば,街道筋を描い ...

めいせいかいかん  明生会館は,昭和43(1968)年10月,社会福祉法人愛知県盲人福祉連合会によって,豊橋市東松山町の社会保険事務所跡に設立された。会館には,点字図書館と盲人ホームの2施設が設置されている。 点字図書館では,普通の活字本の0.5%しか点字化されていな ...

むらまつ・ゆういち(1926~2003)  村松裕一,本名良(はじめ)は,大正15(1926)年4月30日,八名郡石巻村小野田(豊橋市石巻小野田町)で生まれた。小学4年生の時に病気にかかり,長い闘病生活の後にクリーニング店を営む。そのかたわら,熊谷武至の短歌会で学び,また,大 ...

みかわのくによしだめいしょうそうろく  「三河国吉田名蹤綜録」2巻(個人蔵)は,昭和58(1983)年3月15日,豊橋市有形文化財(歴史資料)に指定された。 「三河国吉田名蹤綜録」は宝飯郡下地村(豊橋市下地町)の山本貞晨(1775頃~1821)が文化3(1806)年ごろ流行した ...

みかわのくにおおつめいしょうそうろく  「三河国大津名蹤綜録」(著者自筆,美濃本1冊,墨付39丁 享和3年)は,「豊橋市史々料叢書」四「三河国吉田名蹤綜録」の付録として平成9(1997)年翻刻・出版されている。下地村(豊橋市下地町)の商家山本貞晨(1775頃~1821)が ...

ほううれんくちょう  「蓬宇連句帳」(著者自筆,半紙本45扁329冊)は,佐野蓬宇(佐野権右衛門)の連句3847句を45編329冊(1万2169丁)に収めた連句集である。さらに蓬宇の発句は,1800句が「梓上集第一編」9編9冊にまとめられている。 佐野蓬宇(1809~95)は豊橋本町の ...

はだめいしょうそうろく  「羽田名蹤綜録」(著者自筆,美濃本1冊,墨付30丁 享和3年)は,「豊橋市史々料叢書」四 「三河国吉田名蹤綜録」の付録として平成9(1997)年翻刻・出版されている。下地村(豊橋市下地町)の山本貞晨が,当時流行した「名所図会」の形式になら ...

はだはちまんぐうぶんこ  羽田八幡宮文庫は,嘉永元(1848)年15人の発起によって創設された。羽田野敬雄の「蔵書の多さを誇るのでなく,困窮にて書籍購入のできない人たちへ公開」を方針とした公共図書館の先駆けであった。文庫は,2間と3間(20㎡)の土蔵造りの書庫と松陰 ...

ばくまつみかわのくにかんぬしきろく  「幕末三河国神主記録」(清文堂 平成6年)は,羽田村(豊橋市花田町)の羽田八幡宮・田町(豊橋市湊町)の神明社の神主であった羽田野敬雄(1798~1882)の文化8(1811)年から明治12(1879)年までの記録で,原本は「万歳書留控」8 ...

はぎひらさんじょう  萩平山城は,豊橋北部方面で勢力を誇った西郷氏の城の一つである。西郷氏の本城の五本松城(豊橋市石巻中山町)は西を除く三方を連なる山に囲まれているが,開口部である西方にも山が一つあった。この山に築かれたのが萩平山城である。 遺構としては山 ...

はいほんせんたー  配本センターは,昭和42(1967)年11月,豊橋市向山大池町に開館した豊橋市民文化会館図書館部門が前身で,昭和49(1974)年5月から地区市民館への配本業務を開始した。昭和57(1982)年12月,豊橋市羽根井町へ豊橋市中央図書館が新築・移転したが,豊橋 ...

ばいかぶんこ  梅花文庫は安政3(1856)年江戸勝手掛から復帰した儒官西岡翠園が藩校時習館に文庫がなかったことから設立を提案し,文久元(1861)年公私の財をもって設立した文庫である。文庫の書籍は設立直後に佐野蓬宇が奉納した資治通鑑148巻をはじめとして国典・漢籍な ...

ねごとぐさ  「ねごと草」(美濃本2巻2冊 寛文2年)は,江戸時代初期,三河国吉田本町(豊橋)に住んでいた町人,小野久四郎によって寛文2(1662)年11月に刊行された小説(仮名草子)である。内容は,三州吉田の余介という主人公が友人の金内とともに赤岩寺に花見に行き, ...

にれんぎじょう  二連木城(古文書などには「二連木」の表記が多い)は,田原方面で勢力を誇った戸田氏の城の一つである。「三河国二葉松」(元文5年)に,「天文十年戸田丹波入道宣光,法名全香,新築之,同主殿助尚舍息,丹波守重定賜松平称号」とある。明応2(1493)年, ...

とよはしはままつどくしょこうかんかい  豊橋浜松読書交歓会は,両市で活発に読書活動を継続しているグループに呼びかけて,毎年1度七夕の季節に合同の交歓会を催そうと企画された。昭和37(1962)年9月9日,第1回の読書交歓会が,当時の豊橋市立図書館で開催された。以降, ...

とよはしちほうくうしゅうにっし  「豊橋地方空襲日誌」(豊田珍比古稿 昭和20年)は,第2次世界大戦時の昭和19(1944)年11月23日に,はじめて豊橋地方の上空に米軍機B29・2機が進入して以来,翌20(45)年6月の豊橋空襲までの254回におよぶ来襲記録である。各回ごとに, ...

とよはししりつとしょかん50ねんのあゆみ  「豊橋市立図書館50年の歩み」(豊橋市立図書館 昭和37年)は,豊橋市立図書館の設立50周年を記念して発行された。羽田八幡宮文庫を母体として,明治45(1912)年4月1日豊橋市立図書館が発足した。以来50年にわたる経過を簡略にま ...

⇒ 図書館(豊橋市羽根井町) - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと のbl ...

とよはししょうぎょうがっこう(いちりつ)  豊橋市立商業学校は,大正12(1923)年4月,豊橋市立図書館(豊橋市花田町守下)を仮校舎として設立された。大正13(1924)年4月,校舎を豊橋市東田(あずまだ)町堂前(昭和22年豊橋市仁連木(にれんぎ)町と所在地名変更)に新築・ ...

とよはしぎじゅつかがくだいがく  昭和49(1974)年度政府予算案で,同38(63)年から各県に設置された国立工業高等専門学校の卒業生を大学第3年次に編入するための技術科学大学院を豊橋と長岡に設置することが決定した。昭和51(1976)年5月,豊橋技術科学大学の新設が公布 ...

としょかん  豊橋市中央図書館は,嘉永元(1848)年,羽田八幡宮の神官であった羽田野敬雄(たかお)が設立した羽田八幡宮文庫の蔵書の大部分を引き継いで設立された。豊橋市は,明治44(1911)年,愛知県下で最初の公立図書館を計画(豊橋市花田町守下)し,大正2(1913)年1 ...

⇒ 明生会館(豊橋市東松山町) - - 豊橋市議の長坂です。 豊橋のことをお調べくださり、ありがとうございます。 このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。 苦節5年半「豊橋百科事典」とうとうオープンデータ化! - 愛知豊橋市長坂なおと の ...

ちょうかんず  「豊橋市鳥瞰図」の原図(縦54㎝,横178㎝)が豊橋中央図書館に所蔵されている。筆者は,吉田初三郎(1884~1955)である。吉田初三郎は,鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう)に洋画を学び,大正2(1913)年「京阪電車沿線名所図会」を描いた。それ以来,全国各地 ...

ちゅうにちだいじてん  「中日大辞典」(大修館書店 昭和43年)は,旧東亜同文書院大学が作成していた華語辞典の原稿資料カード14万枚が昭和29(1954)年,中国側から返還されたことによって,編集が再開された。郭沫若(かくまつじゃく)中国科学院長の尽力も大きく,日中友 ...

たかなわじょう  高縄城は,「三河国二葉松」(元文5年)に,「大津村古城,号城山,彦坂小刑部,戸田全衛門,同三郎左右衛門」とある。戸田宗光が大津(現在の老津)に入ったのが文明7(1475)年であることから,この城もそのころ築かれたと考えられる。 城址(じょうし)は ...

たかいじょう  高井城は,「三河国二葉松」(元文5年)に,「高井村古城,高井主膳」とある。国道362号(姫街道)小倉橋交差点の南の小高い丘状になっている所が城址(じょうし)である。畑地の端に高まりが確認でき,これが土塁の痕跡である可能性がある。広島市立中央図書館 ...

すわひがしとりで  諏訪東砦は,豊橋北部方面で勢力を誇った西郷氏の城の一つである。広島市立中央図書館浅野文庫所蔵「諸国古城之図」の中の「三河五本松」で「タイトコロ」と記された場所の遺構と思われる曲輪(くるわ),堀切,土塁が確認できる。その規模は50m×20m程度 ...

しょこくこじょうのず  「諸国古城之図」は広島市立中央図書館浅野文庫所蔵の城絵図群で,正式には「諸国当城古城之図」のうちの「諸国古城之図」である。その編成については,広島浅野家第7代藩主であった浅野重晟(しげあきら)の治世中(宝暦13年から寛政11年)に,藩主の ...

じょうほうぷらざ  とよはし情報プラザは,平成9(1997)年8月,豊橋駅新幹線改札口東側に,東三河の地域情報および観光の拠点として開設された。施設面積は80㎡で,地域紹介棚(地場特産品展示用)・とよはし情報ネットロボット・パンフレットコーナー・案内カウンター・マ ...

じょうほうひろば  豊橋市じょうほうひろばは,平成8(1996)年7月,公文書公開制度の実施に伴い,豊橋市役所東館地下1階(豊橋市今橋町)に開設された。施設面積は74.6㎡である。業務は,公文書公開制度の総合窓口,行政資料の展示および販売,行事案内チラシの配布および ...

しょうぼうしょ  豊橋の消防組織の端緒は,天明3(1783)年,吉田(豊橋)藩主松平信明の火消し組設置であった。明治15(1882)年,私設消防5組が復活,同27(94)年,消防組規則が制定され,同38(1905)年,私設消防組から警察消防(公設)組が設置され,同42(09)年,私 ...

しみんぶんかかいかん  豊橋市民文化会館は,昭和42(1967)年10月,図書館・集会室・展示室・ホールを持つ総合施設として,向山大池西岸を埋め立てて建設された。 図書館は,大正2(1913)年1月,花田町守下に開館した。昭和13(1938)年5月,道路(国道23号線)建設のた ...

しかいそうじょうじけん  豊橋市会騒擾事件は,大正11年(1922)8月,細谷豊橋市長が,八町高等小学校の移転・市立図書館の移転・公会堂の建設・市立商業学校の設立を提案したことから始まった。細谷市長と対立していた大口喜六を中心とした同志派は,財源が増税と市債であ ...

さんしゅうよしだりょうじんじゃぶっかくき  「三州吉田領神社仏閣記」(筆者不詳 写半紙本仮綴1冊,墨付60丁 元禄6年)は,元文3(1738)年,戊午ノ五月吉日に書き写された写本が豊橋中央図書館に所蔵されており,昭和53(1978)年に刊行された「豊橋市史」第7巻に所載 ...

こんどう・つねじ(1910~78)   近藤恒次は,明治43(1910)年8月22日,近藤宇一の長男として豊橋市中柴町に生まれた。東洋大学専門部を卒業し,豊橋市立商業学校,豊橋工業学校,愛知県立時習館高等学校教諭を歴任した。昭和15(1940)年「明治初期に於ける豊橋地方の初 ...

ごまもと・つたいち(1903~93)  胡麻本蔦一は,明治36(1903)年10月1日,愛媛県に生まれた。大正13(1924)年,ハルビンの日露協会学校を卒業した。その後,大正13(1924)年ハルビン日露協会学校の講師・助教授を勤めた。昭和2(1927)年3月には北樺太鉱業株式会社に勤 ...

ごほんまつじょう  五本松城は,豊橋北部方面で勢力を誇った西郷氏の本城である。西郷氏は,石巻中山地区を中心に城砦(じょうさい)群を築いたが,この城は唯一平地部に位置する。この城の様子を伝える広島市立中央図書館浅野文庫所蔵「諸国古城之図」の中の「三河五本松」に ...

こうじょう  高城は,豊橋北部方面で勢力を誇った西郷氏の城の一つである。この城の様子を伝える絵図として広島市立中央図書館浅野文庫所蔵「諸国古城之図」の中の「三河五葉」がある。 五葉城は,豊橋市と新城市の境の新城市富岡に所在し,東名高速道路沿いの大原調整池( ...

げじょうやかた  下条館は,「三河国二葉松」(元文5年)に,「下条五井村古屋舖・白井麦右衛門」とあるが,下条氏支配とする説もあり,この館からほど近い下条堀内村古屋敷と混同されている可能性もある。 金西(こんさい)寺(豊橋市下条東町)とその周辺が城址(じょうし) ...

くさまじょう  草間城は,豊橋南部の梅田川流域で勢力を誇った畔田(くろだ)氏の城で,畔田氏関連の城跡群の中では最も北に位置している。築城時期などは不明。規模については地籍図から150m×100mほどと考えられている。「三河国二葉松」三州古城記(元文5年)に,「草間村 ...

おおやま・しきたろう(1902~75)  大山敷太郎は,明治35(1902)年12月1日,渥美郡花田村(豊橋市花田町築地)に生まれた。京都帝国大学経済学部を卒業し,同大学大学院終了後,同大学の助手になった。京都帝国大学では,経済学史の本庄栄治郎教授について研究した。豊橋 ...

おおぎ・むこじ(1863~1942)  大木聟治は,文久3(1863)年12月5日,渥美郡牟呂村(豊橋市牟呂大西町)の芳賀清治郎の2男として生まれた。大崎小学校を卒業し,渥美義塾で和漢洋の学を修め,小学校教員免許状を下付され,牟呂小学校・大崎小学校に奉職した。明治19(1886 ...

いちばじょう  市場城は,豊橋北部方面で勢力を誇った西郷氏の城の一つと考えられている。 「三河国二葉松」(元文5年)に「嵩山村古城西郷孫四郎,奥山修理進,中山是非之助,西郷家之別」とあるのがこの市場城と思われる。当時の勢力関係から遠江(とおとうみ)国引佐を領 ...

いちかわ・ひろし(1888~1959)  市川寛は,明治21(1888)年10月31日,渥美郡杉山村(豊橋市杉山町)で市川万佐の子として生まれた。昭和2(1927)年京都帝国大学文学部を卒業し,同2(27)年大阪の浪速高等学校教授を経て,昭和7(1932)年から5年間京都帝国大学講師とな ...

いざわ・じゅん(1925~96)  井沢純は,大正14(1925)年3月18日,東京市小石川区で井沢小一の長男として生まれた。生家は,旅館兼学生下宿を営んでいた。昭和18(1943)年,東京帝国大学に入学,同21(46)年卒業した。家族の疎開先の宝飯郡小坂井町平井(母の生家)に住 ...

あんどう・まさじろう(1855~1930)  安藤政次郎は,安政2(1855)年1月10日,吉田紺屋町(豊橋市魚町)に生まれた。明治13(1880)年横浜で新聞販売業を始め,読売小政として喧伝(けんでん)された。明治20(1887)年豊橋に帰って,花田村西宿(豊橋駅前・広小路一丁目)で ...

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