豊橋市議の長坂です。
幼馴染が甲子園で投げた新聞が出てきました。

さて、僕は「例え」をなるべく使わないようにしています。

「例え」はわかりやすいため、昔は多用していました。
しかし、「例え」が通用するのは、話し相手もその「例え」たものに、
同様の知識や認識、イメージを持っているときです。

そうでない場合、誤解や、ときに失言に繋がりかねません。



1.自分と相手のイメージがちがう場合

「りんごのように赤い」と言った場合、このブログの多くの読者には通じると思います。
しかし、国によっては、りんごが赤くない(いわゆる、青りんごが通常)地域もあります。
そのような方に「りんごのように赤い」と言っても、通じないかもしれません。

日本国内なら、同じ「味噌」でも、地域によって色や味も異なります。


2.相手が知らない場合

この場合、「例え」ても、そもそも相手が例えたものを知らなければ、理解が深まるどころか、
「え、◯◯って何?聞いたことない。。」と、不要の混乱を逆に招くばかりです。


3.自分の知識が正しくない場合

この場合は悲惨です。
言っている本筋は正しくでも、例え先が間違っているばかりに、話の信用がガタ落ちします。
場合によっては、失言につながることも。



少し前まで「野球」というのは、多くの日本人の共有の話題であり、「常識」でもあったのでしょう。
しかし、今でもそうでしょうか。

ぼく自身は、少年野球をしていたので、ルールや用語などの基礎は知っているつもりです。
しかし、球団や選手、野球史、みたいなものについては、そこまで自信がありません。

「ピンチでチャンス」と言いたくて「ツーアウト満塁」くらいは、まだ多くの方に通じるのかもしれません。
「ピンチヒッター(代打)」は、もう通じないような気がします。
「中継ぎ」は、もっと。

プロ野球の各チームへのイメージなんかも、今と昔でだいぶ違うでしょうし、
そもそも12球団のすべてを知っている人は、もう少数でないでしょうか。
もっと言えば、「全部で12球団」ということも知らない人が、増えている気がします。

聞き手からすれば「例え」に野球を用いられると、「あ、私向けの話でないかも」
と、疎外感を感じる方もいらっしゃることでしょう。



前述のように最近「例え」を使うことを減らしていますが、
「多様性」の広がりとともに「常識(共通認識)」の範囲が狭まっているかもしれないことにも、
併せて、注意をしていかないと行けない、そんな風にふと感じたので記してみました。

では!