豊橋市議の長坂です。
豊橋には、ほら貝ショップがあります。

さて、お察しの通り、ぼくは橋下徹さん・大坂都構想を応援していました。
大阪都構想の現場最前線に行ってきた。 - 愛知豊橋・長坂なおと のblog
http://nagasakanaoto.blog.jp/150514.html
改めて、橋下さんの何がそんなに人を惹きつけていたのか。
それは、本気で大阪のことを考え、行動に移していたこと。
そして、それは大阪の方々に伝わっていたことが、大きなひとつでしょう。

その具体例として、府知事から大阪市長への転進があります。
都道府県知事から市区町村長になった方を、橋下さん以外にぼくは知りません。

目的(大阪都構想)のためには、固定概念に捕らわれずに最適と考える手を取る。
その姿勢から故郷・大阪への思い、本気度が伝わるからこそ、広く、そして、熱い支持を得ていたのでは。

ご存じの通り、大阪都構想の住民投票は、ほんとうに僅差で負けました。

当時、橋下さんは住民投票で勝ったあとには国政進出が噂されていました。
しかし、開票直後の会見では、
Q 国政に色気が出たことありますか?

橋下:ないですよ。都構想やるって決めたのが知事になって2年目ですが、そこから走ってきましたし。

(略)

Q 賛成多数だったら年末の市長選(長坂注:大阪市長選)に出ると言っていたが、道筋をつけた時点で引退するつもりだったのか? 世間は「国政狙ってる」と思ってたが。

橋下:次は堺をなんとかしなきゃと思ってましたから。周辺を組み合わせていきながら。歴史をひもとけば簡単で、大阪市は市域拡張に失敗したんですよ。全体のプロセス見て、府庁が中心になるように描いてたんですが、なかなか100年スパンなんて言ってもみなさんついてきてくれないし。

Q するとそれを達成した時点で…

橋下:もう持たないですよ。次は堺っていたとき、また同じことやるんですか。これから秋以降の人生が楽しみです。
https://www.huffingtonpost.jp/2015/05/17/hashimoto-declared-retirement_n_7301820.html
(39:15頃から。頭出し済)

堺市は政令市であり大きな自治体ですが、それでも大阪市よりは小規模な自治体です。
それでも、都構想のため、大阪市長⇒堺市長を考えていたと聞いたとき、身震いがしました。

多くの方は、市区町村(長/議員)<<都道府県(知事/議員)<<国(議員)と思っています。
ぼくですら「次は県に」「いつかは国政に」という応援・ご期待の声をいただくくらいです。

けれどもぼくは、そんなことを全く思っていないため、地方自治体の議員になることを、より大きな自治体や国政へのステップアップと考えている人には、(なにくそ)という気持ちになります。



ところで今年、豊橋は豊川用水づいています。
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通水50周年ということで、演劇も。

この豊川用水に尽力したのが、豊橋市長であった近藤寿市郎さんです。
「豊橋だいすきカレッジ」でも、先日、豊川用水の話を中日新聞の五十幡記者にしてもらったのですが、
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1933年:衆議院議員に初当選し国会演説
1936年:国政で落選して豊橋市議会議員に
なんとー!
国会議員から、豊橋市議会議員とは。

政治家としての変遷は、
渥美郡議会議員⇒愛知県議会議員⇒衆議院議員⇒豊橋市議会議員⇒豊橋市長⇒(終戦)公職追放
と、いうこと。

落選したとは言え、あるいは戦前なので今といろいろ違いはあるでしょうが、
それでも驚き、そして、近藤さんの地元豊橋への気持ちを痛感しました。

では!