豊橋市議の長坂です。
このブログはこちらの続きです。
祝!国の文化財登録へ。豊橋の上水道遺産。 - 愛知豊橋・長坂なおと のblog
http://nagasakanaoto.blog.jp/180724.html
さて、9件目の文化財登録が見込まれます。
そして、これまでの8件がこちら(登録順)
  1. 愛知大学旧本館(旧陸軍師第十五師団司令部庁舎)
  2. 豊橋市公会堂
  3. 羽田八幡宮社務所離れ(旧羽田野家住宅主屋)、蔵(旧羽田八幡宮文庫)、門(旧羽田八幡宮文庫正門)
  4. 湊築島弁天社
  5. 安久美神戸神明社本殿、幣殿及び拝殿、神楽殿、神庫、手水舎
  6. 小野田家住宅主屋、長屋門
  7. 西駒屋田村家住宅主屋、土蔵
  8. 豊橋市民俗資料収蔵室本棟(旧多米小学校本校舎)、西棟(同西校舎)


では、それぞれの文化財について、登録基準と特徴・評価を見ていきます。

1.愛知大学旧本館(旧陸軍師第十五師団司令部庁舎)
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(登録基準)
ニ 造形の規範となっているもの
(特徴・評価)
木造2階建で、両翼屋を背後に突き出したコの字形平面をもつ。外壁に下見坂を貼り、装飾をあまり用いない簡素なつくりで、縦長の上下窓を均等に配置するなど標準化の傾向がみられる。明治末期の陸軍による兵営建築の手法をよく示す建物である。
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1028.html
(長坂より)
愛知大学の有名建築です。今は「記念館」という名称で、内部に「愛知大学東亜同文書院大学記念センター」があります。1階部分は展示コーナーとなっているようです。
■利用案内
開館日・時間:毎週火曜日~土曜日 10:00~16:00
休館日:毎週月曜日・日曜日、祝日、創立記念日、夏期・冬期休暇期間
入場無料

■お問い合わせ先
愛知大学東亜同文書院大学記念センター
〒441-8522 愛知県豊橋市町畑町1-1
電話 0532-47-4139 FAX 0532-47-4196
http://www.aichi-u.ac.jp/orc/access.html#anchor01
(ご参考)
http://www.aichi-u.ac.jp/orc/about.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/愛知大学記念館



2.豊橋市公会堂
180724_002
(登録基準)
ニ 造形の規範となっているもの
(特徴・評価)
市制25周年の記念建造物に相応しく、大階段・コリント式列柱による玄関ロッジア・両脇の階段室が堂々たる正面ファサードをつくる。階段室の半球ドームと四方に配置された羽ばたく大鷲がシンボル。静岡や浜松の公会堂を手がけた中村與資平の設計になる。
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1034.html
(長坂より)
豊橋市の公共施設です。市のイベントをはじめ、定期的にイベントが開催されているので、そのタイミングであれば簡単に入れます。直近では、8月1日の午前に「市制施行記念式典」があります。年度末には、1階が確定申告の相談会場にもなっています。平日なら、一日41,000円で借りることができます(大ホール)。定期的にコスプレ撮影会イベントも開催されています。

(ご参考)
http://www.bunzai.or.jp/publichall/
https://ja.wikipedia.org/wiki/豊橋市公会堂



3.羽田八幡宮
社務所離れ(旧羽田野家住宅主屋)
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(旧羽田八幡宮文庫)
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(旧羽田八幡宮文庫正門)
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社務所離れ(旧羽田野家住宅主屋)
(登録基準)
ニ 造形の規範となっているもの
(特徴・評価)
図書館の先駆とされる羽田八幡宮文庫を主宰した神主の住宅主屋。文化9年(1812)に渥美半島の百々村から移築、さらに大正末年に現在地に移築された。木造平屋建、片入母屋造、桟瓦葺で、南面縁側の先に土庇を設ける。10畳主室の床棚構成に特徴がある。

(旧羽田八幡宮文庫)
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
近代的図書館の先駆とされる羽田八幡宮文庫の書庫。桁行3間、梁行2間の規模、切妻造、桟瓦葺、平入の標準的なつくりの平屋建土蔵で、書庫らしく南面に小さな窓を設けただけの閉鎖的な構えをとり、東面に1間幅の戸口を設けて社務所離れに繋げる。

(旧羽田八幡宮文庫正門)
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
豊橋駅西口近く、北西方に位置する羽田八幡宮の参道中程に西面して建つ。正面全幅10尺ほどで中央1間分を通路とし、両側2尺づつは腰を板張とした土壁とする。桟瓦葺の切妻屋根を架けた簡素な腕木門であるが、由緒ある文庫位置の目印として貴重。
(長坂より)
豊橋の「三大祭」であり手筒花火で有名な10月の羽田祭を行う羽田八幡宮にあった、羽田八幡宮文庫関連の建造物たち。羽田八幡宮文庫は、1848年(嘉永元年)に宮司で国学者である羽田野敬雄が開設。「『解体新書』『蘭学階梯』等貴重なものをはじめ、約9,600冊からなる」その資料は、現在、豊橋市図書館が保管。うち一部は「デジタル版」としての公開もされています。

(ご参考)
https://ja.wikipedia.org/wiki/羽田八幡宮
http://www.library.toyohashi.aichi.jp/?page_id=70
http://www.library.toyohashi.aichi.jp/?page_id=68




4.湊築島弁天社
180724_004
(登録基準)
一 国土の歴史的景観の寄与しているもの
(特徴・評価)
湊町公園の池中の築島に建つ、三間社入母屋造向拝付。屋根は本瓦葺である。三方に擬宝珠高欄付の縁がめぐり、木階3級がつく。外陣は吹放ちで格天井を草木画で飾り、内陣正面に格子戸をたて込み、背面に内々陣を突出する。組物は平三斗実肘木、二軒繁垂木とする。
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1323.html
(長坂より)
豊橋百科事典の「湊町公園」項によると、
「園内の池泉回遊式の蓬莱庭園は、寛文3(1663)年に、茶道宗徧(そうへん)流の始祖山田宗徧作と伝えられている。弁天池の蓬莱島に築嶋弁天社があったが,平成15 (2003)年7 月9 日の台風で屋根が崩落した。平成18(2006)年4 月、復旧・修復された。この島の一隅に、松尾芭蕉の句碑「旅寝塚」がある。」

湊町公園には毎年6月に「豊橋空襲犠牲者を追悼し 平和を誓うつどい(主催・豊橋空襲を語りつぐ会)」で、灯篭流しに行っているのに、気がついてませんでした。弁天様ごめんなさい。

(ご参考)
http://www.honokuni.or.jp/toyohashi/spot/000056.html
https://www.aichitabi.com/toyohasi/minaben.html
https://blog.goo.ne.jp/kuramizuha2/e/3e0fdae6a978ccbe4e8f001431ce6165




5.安久美神戸神明社
本殿

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幣殿及び拝殿
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神楽殿
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神庫
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手水舎
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本殿
(登録基準)
ニ 造形の規範となっているもの
(特徴・評価)
境内北側に鎮座し、桁行三間梁間二間、神明造銅板葺で、周囲に縁をめぐらして木階を設け、棟に千木と堅魚木をあげる。直線的な部材構成や両妻に立つ棟持柱など神明造の制式に則ったつくりで、要所を錺金具で飾る。内務省神社局の角南隆による神社建築の好例

幣殿及び拝殿
(登録基準)
ニ 造形の規範となっているもの
(特徴・評価)
本殿の全面に位置し、桁行18m梁間4.8mの拝殿後方に、5.5m四方の幣殿を張り出す。屋根は切妻造銅板葺で、棟上に千木と堅魚木をあげ、拝殿両端の神饌置場と楽舎を落棟とする。本殿と同じく、角南隆の設計による大型拝殿で、風格ある外観をもつ
神楽殿
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
拝殿南西側に妻に東面して建て、桁行6.4m梁間6.4m、入母屋造及び切妻造桟瓦葺である。拝殿側の東・北面を開放できる構成とし、舞台に船底天井を張り、アト座北面に切戸口、南面に社務所への出入口を開け、鏡板に松を描くなど、能舞台の諸要素を備える。
神庫
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
拝殿南東側に神楽殿と対向して建つ。桁行5.5m梁間4.5m、鉄筋コンクリート造平屋建、正面向拝付、寄棟造桟瓦葺である。外観は土蔵風として、軒反りや隅木を作り、内部も柱型や隅木などを表す。伝統形式の土蔵を鉄筋コンクリート造で表現した神庫である。
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1347.html

手水舎
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
拝殿前方の鳥居脇に建ち、桁行3.5m梁間2.9m、木造平屋建、切妻造、茅葺型銅板葺である。円柱を四方転びに建て、豕扠首組で棟木を受ける。素木の直材を基本とし、神明造を基調とした本殿などと調和した外観を持ち、統一感のある境内景観を形成している。
https://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1348.html
(長坂より)
こちらも「豊橋三大祭」の鬼祭りで知られた安久美神戸神明社。公式サイトよると
「天慶三(940)年、平将門の乱平定の報賽として、朱雀天皇より伊勢神宮に三河国の飽海荘(あくみのしょう)が寄進されました。その際、伊勢神宮祭主の庶流大中臣基守がこの地の司として赴き、天照皇大神を奉斎して地域の繁栄を祈願したのが当社の始まりと伝えられております。」
友人も何人か、こちらで結婚式をしました。最近、SNSの活用が積極的で好きです。

(ご参考)
https://onimatsuri.jimdo.com/
https://ja.wikipedia.org/wiki/安久美神戸神明社
https://twitter.com/akumikanbe



6.小野田家住宅
主屋
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長屋門
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主屋
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
屋敷地中央に南面して建つ。主体部は寄棟造桟瓦葺の二階建で、西に増築した座敷棟を張出す。一階は東に土間、西に二列六室の居室を設け、二階には納戸と中廊下型の四室を設ける。座敷のトコまわりや建具に意匠を凝らし、施工も上質に仕上げられている。

長屋門
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
主屋の南方に南面して建つ。桁行十七メートル梁間四・六メートルの大規模な長屋門で、入母屋造桟瓦葺。門口に両開き板戸と潜戸を開き、東方に一室、西方に二室の納屋を持つ。外壁は漆喰仕上げで、下部に簓子下見板を張る。風格ある屋敷構えを形成する。
(長坂より)
少年自然の家の近く(高塚町)に、こんな素敵な建築があったとは。今も、住宅として活用されているようで、尚びっくりです。豊橋百科辞典によると、高塚町の小野田さんという方でこんな記述があります。
「小野田吉次郎 おのだ・きちじろう(1822~79)小野田吉次郎は、文政5(1822)年1 月15 日、渥美郡西七根村(豊橋市西七根町)の高橋能経の3男として生まれた。長じて渥美郡高塚村(豊橋市高塚町)の小野田家に養嗣子となった。小野田吉次郎は26歳の時に、羽田野敬雄に国学を学び、殖産興業・自力更生に努め、荒地の開拓に明け暮れた。渥美郡上細谷村(豊橋市細谷町)の朝倉仁右衛門に触発され、明治8(1875)年、村中葬祭を神道に従わせた。明治12(1879)年1月5日、没した。明治45(1912)年、高塚に頌徳碑「故小野田道翁碑」が建てられた。」

ここで先ほどの羽田八幡宮文庫の羽田野敬雄さんが出てくるのは、繋がった感がして少し気持ちが高まります。更に「小野田吉次郎」さんで検索したら、アマゾンで藩札(?)が出てきました。
http://amzn.asia/1gTqCP8

(ご参考)
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/229388
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/284619
https://blogs.yahoo.co.jp/yasu1832000/14993903.html



7.西駒屋田村家住宅
主屋
180724_007_01
土蔵
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主屋
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
東海道二川宿に位置する町家で、醸造業を営んでいた。街道に南面して建ち、床上部を二列六室とする。東列はミセ、ナカノマ、ダイドコロ、西列はオクミセ、ブツマ、オクノマとする。床上部正面に出格子をたて、上下階とも軒を出桁造とする。宿場の風情を醸す町家。
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/210087

土蔵
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)主屋の北方に南北棟で建つ。桁行六間、梁間三間の二階建土蔵。中央の柱で桁行梁を受け、小屋は登梁とする。家財道具を納める蔵で、東に出入口を開く。東正面の上部を漆喰、腰下を黒漆喰で塗り分け、側背面三方を簓子下見板張とする。屋敷構えを構成する土蔵。
(長坂より)
今は豊橋市の施設となっている「商家 駒屋」ではなく、そこからの分家で、今も個人所有ということ。
田村家について「商家 駒屋」サイトで、次のように記載されています。

「田村家は、元禄4年(1691年)に遠江国敷知郡中之郷村(現在の静岡県湖西市)から二川宿へ移り、初め医師を、後に米穀商・質屋を営みました。明和7年(1770年)以降に、松音寺門前の瀬古町から新橋町の枡形北側の現在地に移転しました。 屋号は駒屋で、当主は善蔵(ぜんぞう)を世襲名としました。 代々二川宿内随一の有力者として、宿役人や村役人を勤めました」

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西棟(同西校舎)
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本棟(旧多米小学校本校舎)
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
多米街道沿いに校地を構える。本棟は、桁行六ニメートル、梁間一〇メートルの平屋建校舎で、北に廊下を通す。当時の学校建築に標準とされた方杖が用いられており、内観の特徴となる。西棟とともに市内に唯一残る木造校舎群で、歴史的な景観に寄与している。

西棟(同西校舎)
(登録基準)
一 国土の歴史的景観に寄与しているもの
(特徴・評価)
本棟の西側に校庭を囲むようにして、南北棟で建つ。桁行三四メートル、梁間九メートルで、北端間を土間とし、西側に廊下を通す。各室東面に出窓を設けて採光に工夫する。室内天井に塗装を施すなど、本棟と比較して、洋風意匠を意識し、地域の教育史を物語る。
(長坂より)
通称「ふるため」で地域の方々に親しまれている旧多米小学校。建築物そのものもそうですが、街道とり一段高いところに立地し、ぐるっと木々で囲まれているため、中に入ったときの雰囲気がとても好きです。映画などのロケ地にもなっています。毎年「ふるためあそびの学校」という催しが行われ、喜ぶ子どもに溢れます。普段は、豊橋市の「民俗資料収蔵室」として活用されており、土日祝は公開され誰でも入ることができます。

(ご参考)
https://www.toyohashi-bihaku.jp/?page_id=224
http://www.honokuni.or.jp/toyohashi/spot/000029.html
http://furutame.wixsite.com/furutame



以上、8件!
だいぶ長くなってしまいましたが、いかがでしょう?

小野田家や、西駒屋田村家などは個人の住宅であるため見学などなかなか難しいかもしれません。
一方、豊橋市公会堂や旧多米小学校は、豊橋市の施設であるため、比較的簡単に入ることができます。
また、愛知大学(旧本館)や、羽田八幡宮文庫、湊築島弁天社、安久美神戸神明社は、大学や神社としった比較的開かれた施設であるため、外観はかなり見ることができるのではと思います。

まとめてみての感想は、豊橋にも(まだ知らない)魅力的な建築物がたくさんあるということ。
一方、基準の「三 再現することが容易でないもの」のものがなかったので、他地域でどんなものが登録されているのか、気になりました。

では!