豊橋市議の長坂です。
たまにブロガー議員って呼ばれます。

さて、日々インターネットやSNSで様々な、
そして大量の情報に触れ、取捨選択しています。

その中で、言葉遣いが丁寧でない記事、
言葉が乱暴な情報(特に主義主張)については、
信じないことにしています。

端的な見分け方としては、他人の名前、
特に会ったことがない人の名前を「~氏」「~さん」など、
敬称や肩書なしで呼び捨てにしているかどうかです。

例えそれが、その人を批評批判している言説であっても。
いやむしろ批判記事こそ、言葉遣いは丁寧であるべきかと。

特にそういう記事をシェアしていると、
自分もそのような人間だと思われかねません。



最近、そんなことを考えているのですが、
自分の人生の中、成長過程で、今でもはっきりと覚えている
とても印象深いエピソードを3つ思い出しました。

ひとつめは小学3年生のとき。
どういう経緯かは忘れましたが、豊橋市の演劇に出ることになりました。
170704_01
たぶん、テーマは国際交流とかだったと思いますが、
その中の台詞について、先生から強くこう言われたのを今でもはっきりと覚えています。
「外国人」だからね、絶対「外人」と言っちゃダメだから
当時、その理由までわかりませんでしたが、
そのときからぼくが「外人」という言葉を使わなくなりました。



ふたつめは高校1年生のとき。
まだ入学したてのときです。

中学まで、友人の名前を呼ぶときは基本的に呼び捨てでした。
名字のこともあれば、名前のこともあります。
人によっては愛称だった友達もいましたが、基本的には呼び捨てでした。

ところが、高校1年生でいっしょのクラスになり、とても仲良くなった友人が、
男女問わず「さん」付けで、呼んでいるのに衝撃を受けました。

当時15歳、特に異性を「さん」付けで呼ぶことは、
僕には恥ずかしさや照れもありました。
しかしその友人はそんな素振りを感じさせず、
彼が大人に見え、自分がガキに思えました。

そこから友人(特に異性)は、
基本的に「さん」付けとなりました。

(※余談ですが、高校同級生らにわかるように言うと、
 そのさわやかな友人は、ほっちゃんです)



みっつめは、大学1年生のとき。

大学入学を機に上京したぼくは、当時、
テレビ局のTBSがやっていた「BSアカデミア」という
学生ラジオ企画に、参加していました。

いわゆる「テレビマン」の方々がアドバイザーとして、
ぼくたち学生に指導してくれていました。

番組中で、有名人の話などをすることもありました。
その中で、あるアドバイザーの方がこんなことを言いました。
~さんのことを呼び捨てにしてたけど、もしかしたらこれを~さんも聞いているかもしれない。~さんがどう思うかな。
それ以来、基本的に全ての人を「さん」付けにしています。

(その後、会社務めが始まって、対外的には社内の人は社長でも「呼び捨て」と新しい常識を知り、それも慣れるまで、違和感がありました)



野次とか、暴言とか、僕が今いる業界は、
あまり言葉遣いがいいイメージがないみたいです。

表裏一体で、とても言葉が重要視される仕事でもあります。
話に耳を傾けていただけるよう、気持ちよくブログを読んでいただけるような、
情報発信を心がけていきたいです。

では!