豊橋市議の長坂です。
昭和末期の生まれです。

この記事は、昭和最後の日である1月7日付けのつもりで書いていました。
しかし、その後、より急いで書きたい内容が出てきたため、
半分以上書き終わって、下書き状態にしていたものです。
日付変わって本日は、希望の塾の筆記試験です

1月7日ということで、「昭和最後の日」をテーマにブログを書いていたのですが、
18歳の希望の塾生のこんなブログが飛び込んで来ました。

希望の塾生批判、18歳を援護射撃 - 愛知豊橋・長坂なおと のblog
http://nagasakanaoto.blog.jp/170107.html 
そしたらこんなビッグニュースが飛び込んできました。
「新元号は2019年元日から」ではなく、
「新元号は平成31年元日から」という見出しに矛盾を感じまくりですが、
ここぞとばかりに、下書きを引っ張り出します。



さて、平成30年12月31日が平成最後の日になる可能性が色濃くなりました。
平成最後の日は、どんな日になるのでしょうか。

みんなでお祝い、カウントダウンをするのでしょうか。
それとも、昭和最後の日のように、静かで湿っぽく厳かなものになるのでしょうか。

1989年、28年前の今日1月7日が、昭和最後の日でした。
当時5歳だったぼくに、昭和最後の日の記憶はありません。

ぼくが好きな、昭和最後の日の記録はちきりんさんのこちら。
昭和最後の日、1989年 1月 7日、朝の 7時すぎにオフィスに着くとスグに全員が集められました。

神妙な表情の上司は、「今日は休日になります。すぐ帰宅するように。間違っても皆で飲みにいったり、ゴルフに行ったりしないように。静かに家の近隣ですごしてください」と告げ、社員はみな帰途につきました。

朝、家を出る前のテレビでは、アナウンサーのネクタイは既に黒かったけれど、天皇崩御をまだ確定的には伝えていませんでした。

しかしその 40分後に会社に着いた時には、既にオフィスビル一階のホールが薄暗く(照明が半分、消してあった)、「ああ、そうなのね」とわかりました。(略)

「すごすぎる。 みんな完璧なマニュアルを作ってたんだな」と理解しました。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20050508
テレビで見る当時のイメージと、また趣が違います。



と言っても、昭和最後の年は、長坂家にとって節目の年でした。
弟が生まれ、おじいちゃんが旅立ちました。

崩御されたとき、四十九日も迎えていない忌中でした。

祖父は63歳で旅立ったので、祖母がよく
「おじいちゃんは、昭和を腹いっぱい生きた」と。

おじいちゃんは、元号ひとつ分しか生きられませんでしたが、
ぼくらは3つ分はいけそうなので、
なんかちょっとお得な人生な気がします。

祖父が他界したことを教えてくれたのは、幼稚園の先生でした。

当時のぼくは、カトリック系の幼稚園に通っており、
帰りのお祈りのときか何かに先生から、

「あなたのおじい様が天に召された」

という感じで聞きました。
5歳のぼくは

「なんで先生が知ってるんだろう?」

と思いました。



昭和64年は7日しかありません。
だから、昭和64年は、希少です。

昭和63年に生まれた、うちの弟の同級生には、
昭和64年生まれが100人に2人くらいいます。
クラスにひとりいるかいないかくらいですね。

よく、「昭和64年の硬貨が~」という話になりますし、
ぼくも子どものころ少し集めていた時期がありましたが、
昭和64年モデルは平成元年の3月まで生産されたということなので、(略)

実際は枚数もそれなりに出回っているので、
残念ながら期待するほどの稀少価値はないようです。
http://akky.in.coocan.jp/110529.html 
うーん、残念。

そんな昭和64年が気になっていた小学生のとき、
・・・見つけました。
170111_170101_164113
僕の中で知ってると、ちょっと自慢できる場所です。

敢えて場所は書きません。
もし見つけた人いたら、教えてください。

やっぱ小学生(当時のぼく)って目線が低いんだなー。

では!