豊橋市議の長坂です。
大学に入ったときは、理系(理科2類)でした。

さて、学生時代の先輩からお話いただき、ゲスト講師として90分お話してきました。
1・2年生が中心の駒場の授業で、いただいたテーマはこんな感じ。
  • 商店街などの地域活性化、まちづくり
  • 地方創生
  • 子どもやマイノリティーが生きやすい社会づくり
  • キャリアパス
20人ほどの授業でしたが、質問に積極的に手が上がり嬉しかったです。
また、将来の選択肢として立候補を考えている学生が何人かいるようで、それも嬉しく思いました。



久々に、5年近くを過ごしたキャンパスを見てまわりました。
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訳あってこちらの入り口から。
当時はあまり気づかなかったけど、駒下って「東大前商店街」っていうんですね。
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本郷の安田講堂を真似たような1号館
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この写真を撮りにわざわざ正門まで回る笑
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大学のシンボルでもある銀杏は散っていましたが、空に刺さる枝ぶりの様子もまたよし。
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「イ育館」は、10年経っても「イ育館」のままでした。

※元は「トレーニング体育館」だったのが、
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「 レーニン 体育館」
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「イ育館」

になったという歴史ある建物です
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昼ごはんは駒裏に新しくできたっぽい「絆」というお蕎麦屋産へ。

天丼+蕎麦で1,000円のランチ。
おいしかったです。
03-3469-1555
東京都渋谷区神山町24-11
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わずかの間、所属していたスキー部で毎日使っていたグラウンド。

最近になって知ったのですが、このグラウンドは先の東京五輪の練習会場でした。
前回1964年の東京五輪には実は駒場キャンパスもかなり貢献しています。(略)

選手村から近い駒場キャンパスは陸上競技の練習会場となりました。陸上トラックである現在の第一グラウンドがトラックと跳躍種目の練習会場となっただけでなく、現ラグビー場がやり投げ、野球場が円盤投げ、第二グラウンドがハンマー投げの練習会場となり、駒場のグラウンドが全面的に陸上競技の練習に使われました。

またトレーニング体育館はこの年の6月にできた当時としては画期的なウェイトトレーニング施設で、これも選手のトレーニングに使われました。ウェイトトレーニングはまだまだ一般には知られていない時代ですが、五輪レベルの選手では当然のこととして行われ始めた頃と考えられます。

http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/561/open/B-1-2.html|1964年東京五輪と駒場キャンパス
まさかあの「イ育館」まで!!



ところで、正門近くでこんな看板を見つけました。
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「報道」「官僚」に、「地方」が並ぶなんて10年ひと昔とはよく言ったものです。

ぼくらが学生のときなら、たぶん「起業」か「外資(コンサル・投資銀行)」並んだ気がします。

ちなみにこちらは、2014年の記事です。
外資系の金融機関コンサルティング会社が、総合商社とともに東大生の就職先の「御三家」と呼ばれたのも、今は昔。 2008年のリーマンショック以降、特に外資系金融の人気はピークを打った。 代わりに「新御三家」として台頭したのが、ディー・エヌ・エー(DeNA)グリーサイバーエージェントの「メガベンチャー」3社だ

激変、東大生の就活!新御三家はこの3社! 商社、金融を押しのける 人気のメガベンチャー | 週刊東洋経済(ビジネス) - 東洋経済オンライン
http://toyokeizai.net/articles/-/34081
「東大生が集まる産業は衰退する」など、まことしやかに言われたりしますが、最近のWELQ(DeNA)の件などを見ると、考えさせられるものがあります。

同じ2014年には、こんな記事も話題になりました。
東大生から見放された朝日新聞 今春「入社ゼロ」に幹部ら衝撃
http://www.j-cast.com/2014/04/18202623.html
そういえばここ1,2年の朝日新聞と言えば・・・

いずれにしても、「地方創生」がここまで浸透してきた今、そろそろの終わりの始まりが見えかけているのかな、という気がしないでもありません。



ちなみに、流れで立教大学にも立ち寄ったのですが、
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相変わらず、おしゃれなキャンパス。
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そして、夜はこれ!!!

こんな大学だったら、
ぼくの学生生活のリアルも充実していたかもしれません。

では!