2016年7月26日未明に神奈川県相模原市で起きた、凄惨な事件。

「戦後最悪」「稀に見る」などの形容がされていますが、国内のメディアで、この事件を「テロ」と報じているところは、まだ見受けていません。

これまでの情報の限りでは、ぼくはこの事件を「テロ」と扱わないことがよいと思っています。

しかし、いくつかのテロ的な要素を持っていることは確かです。
テロリズム(英: terrorism)とは、政治的目的(注)ここでいう政治的目的とは、政権の奪取や政権の攪乱・破壊、政治的・外交的優位の確立、報復、活動資金の獲得、自己宣伝などを達成するために、暗殺・暴行・破壊活動などの手段を行使すること。(略)

「テロリズム」の語の正確な定義には多数の困難が伴っており、100を超える多数の定義が存在している。

 - https://ja.wikipedia.org/wiki/テロリズム
とあり、テロとテロでないものの明確な線引はないようですが、今回の事件で言えば、
  • 政治的(というよりも政策的)な容疑者なりの考えがあること
  • その考えを表明していること(議長への手紙)
  • その考えを実現するために、暴力行為(殺傷)に及んでいること
  • その行為によって、直接的な被害者以外(近しい環境にある人や、その家族など)にも恐怖が及んでいること
  • 自らを「正しい」「正義」だと思い込んでいる(節がある)こと
などは、テロの要件に該当し、これに「組織性」と「犯行声明(政治的要求など)」が加われば、間違いなくテロとして取り扱われることでしょう。



海外では、テロ(の一種)として捉えている報道もあります。
■アメリカのケリー国務長官「一種のテロだ

アメリカのケリー国務長官は26日午後、滞在しているラオスのビエンチャンでの記者会見で「事件で愛する人を失った人たちに心からお悔やみを申し上げる。つらい時を過ごしている人たちのことを思い祈りをささげたい」と哀悼の意を示した。

その上でケリー国務長官は、「(事件は)一種のテロだ」と非難。「われわれの思いは日本の人たちとともにある」と述べた。

 - http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/26/putin-send-a-telegram-of-condolence_n_11192974.html
27日付の中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は相模原の障害者施設殺傷事件について「単純な暴力的殺人ではなく“日本版のテロ”といえる」との見方を伝えた。

 - http://www.sanspo.com/geino/news/20160727/tro16072712350012-n1.html
もし、日本政府や捜査機関が今回の事件を「テロ」とすれば、今後のこの事件はテロとして報じられるでしょう。

しかし、僕はそれに反対です。



「テロ」とは対立を煽る言葉であり、テロと認定することは、対立(相手)の存在を認めることになるからです。

対立を認めるということは、今後、同様の考え方や行為をする人物の出現を高めることに繋がると考えます。 更に、その存在に対する「報復」も助長し、増々の惨事を生む気がします。

あくまでも、これまでも10年に一度くらいはあった「稀な」悲惨な事件とすることが、まだしも。



フランスのニースで起きたトラック突入事件や、ドイツの銃乱射事件は、これまでの報道を見る限り、(ほぼ)単独犯で組織性はとても低そうにも関わらず、後出しのようにISなどの組織が、事件や容疑者を追認しており、それによって「テロ」という文脈で語られる気配が強まっています。

今回の相模原の事件も、直接的な指示はなくとも、容疑者がテロ組織の思想的な影響を受けていることがもし今後わかったり、同様に、組織が後出しジャンケンのような追認をした場合、「テロ」とされるのでしょうか。

そういう意味では、海外の事例に関しても安易な「テロ」認定については、あまりよい結果を生まないと思っています。 「組織の一員」と認定するより、「独り者」としておく方が、「後追い」や「報復」などの負の連鎖につながりにくいのではないでしょうか。



これらの意味から、現時点で、政府などが相模原の殺傷事件を「テロ」としていないことは、よいことだと思いますし、今後も、何か決定的な情報が出てこない限り、そのような判断をくださないことを望みます。

では。