生まれながらの嫌煙家です。 最近、新しくできる、まちなか図書館(仮称)の意見交換会に顔を出しています。 そこでの話を聞きながら考えたこと。

ある女性が手を上げて言いました。 近くで子育てをしているということ。
新しくできる図書館はもちろん禁煙ですよね? 図書館内が禁煙なのは当たり前ですが、ここは路上喫煙禁止区域にもなっているので、外からも絶対煙が入って来ないようにしてください。 豊橋駅の喫煙所は、乗り換えの導線上にあるので、全く禁煙にしている意味がない。 ネットで調べると、煙の有害性は・・・
繰り返しますが、僕は幼いころ喘息だったこともあり、生まれながらの嫌煙家です。 確かに豊橋駅の喫煙所は場所がいまいちだと僕も思います。 けれども、この方の発言は聞いていて少しイヤな気分になりました。 喫煙者を絶対悪のように言っているのが。 と思ったのも、最近、こんな記事を読んだから。
世の中の喫煙率は、まあ1割くらいってことにしておこうか。喫煙者率はもっと高いけれど、その全員が常時吸っているわけじゃない。ある時点でアクティブに紫煙をくゆらせている人は1割にしておこう。それが普通に分布していれば、ぼくはおおむねどこへいっても、まったく許容範囲で生活できる。
ところが……正規分布の下の、5σくらいで、ちょっとでもタバコがあると許せないというキイキイ組が騒いだ結果、タバコが吸えるところが制限されたとする。世の中のたとえば半分のところが禁煙指定になり、喫煙者は残り半分の規制なしの自由な空間に集中する。するとその地区では、喫煙率は倍の2割になる。
すると、これまでは平気だった人の一部が、密度が上がったために騒ぎだす。すると規制の範囲はさらに拡大し、すると自由な空間における喫煙密度はさらに上がる。するとその周辺にいた人々がさらに騒ぎだし……
喫煙レモンの理論:社会的規制強化の暴走について - 山形浩生 の「経済のトリセツ」 http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20140620/1403251945 
とても納得感のある記事だった。 そして、もう一つ思い出したのが、この記事。
 待機児童問題の解消が叫ばれるなか、住民の理解を得られずに、保育所の建設が難航するケースが相次いでいる。どうすれば子どもの居場所を確保できるのか。
 さいたま市内で昨夏、ある保育所の建設計画が撤回された。来春、児童90人を受け入れる計画だったが、住民の反対を受けて事業者が断念した。
 「静かな老後を過ごしたいと思って家を建てたのに」「送迎の車で住民が事故にあったらどうするのか」。
隣に保育所、迷惑ですか 騒音・送迎車…各地で建設難航 - 朝日新聞デジタル http://t.asahi.com/ewab
初めこの記事を読んだとき、子どものためにそのくらい我慢しろよ。 子どもの声が騒音に聞こえるか!? 自分たちだって子育てしたでしょ!、と僕も思いました。

けれども、今日ふと妄想が進んだ。 もしかしたら、この住民は散々「子どものため」に追いやられた喫煙家なんじゃないか。 「子ども」はいいけど、「子どものために」と錦の御旗を掲げる人たちに辟易してるんじゃないか。 「騒音」は建前で、保育園ができたら、そんな人たちとのプライベートでもがっつり付き合って行かなきゃいけない。 イヤだ! もし保育園ができたら、次は、自宅でゆっくり煙草を吸うこともできなくなっちゃう!? よし、反対だ!

現在日本の一般論で言えば、煙草は悪で、子どもは善だけど、絶対悪、絶対善、みたいな考え方では、うまくいかないよなー、と思った次第。 ある程度、お互いを許容していかないと。 喫煙者だって、毒をばらまく人でなく、ほら例えば、たくさん税金を払った上で早くお亡くなりになる財政の貢献者、という捉え方もできなくもない。

繰り返しますが、僕は生まれながらの嫌煙家です。

では。