みがわりじぞう

 嘉永7(1854)年11月4日,吉田(豊橋)を大地震が襲った時,神宮寺(豊橋市魚町)には手習いや遊びに集まった子どもたちが,80人ほどいた。地震で揺れ出した時,院主良伝法師の指示で,子どもたちは境内へ避難した。寺子屋にいた9歳のいさという魚屋十一屋の娘は,井戸屋形(やかた)の下へ逃げこんだが,屋形が崩れ下敷きになってしまった。同時に鐘堂(しょうどう)も倒れ地蔵の上に落ちた。地震がおさまり,いさがいないことに気づいて,皆で探していると,いさは井戸屋形の下からはい出てきたが,かすり傷一つなかった。

 数日後,十一屋夫婦の夢枕に地蔵様が立ち,娘の身代わりになって首が取れた,早く修理せよ,とのお告げがあった。崩れた鐘堂を取り除くと地蔵は鐘堂を受け止め,首が取れていた。十一屋は御首をつなぎ,法事を営んだ。地蔵菩薩が身代わりとなって幼女の命を助けた噂が広まり,人々は「延命地蔵」「身代わり地蔵」と呼び,願いをかなえてくれる地蔵様として,信仰を集めるようになった。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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