ふながたさんじょう

 船形山城は,三河と遠江(とおとうみ)の境に位置し,築城時期は明らかではないが,今川氏が三河方面への侵攻の拠点とするために築いたものとされる。

 城址(じょうし)は普門寺(豊橋市雲谷(うのや)町)の裏山にあたり,現在は東海自然歩道のルートとなっている。遺構として山頂付近に曲輪(くるわ),堀切,土塁を確認できる。

 三遠国境の重要拠点であったため,明応8(1499)年に二連木(にれんぎ)城の戸田宗光が今川方の多米又三郎を攻め落としたこと,永禄7(1564)年に今川氏の吉田(豊橋)攻めの際に,小笠原安元が守備したこと,同11(68)年に徳川方の小笠原広重,信元親子が武田の勢力拡張を防ぐために守備したことなどが記録として残る。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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