みょうえんじ

 運立山妙円寺(顕本法華宗)は,文禄元(1592)年の創立で,開山は日円上人である。開基は吉田城主池田輝政である。池田輝政は天正18(1590)年7月,吉田(豊橋)城主となったとき,妙立寺(湖西市吉美)の日円上人に帰依し,上人登城の際の休息所として堂宇を建立したのが妙円寺の起源である。はじめ妙立寺と呼んでいたが,元禄12(1699)年,遠州吉美村の妙立寺と同名なのを避けるため,妙円寺第7世日珠上人の時に,開山である日円上人の円の文字を用いて「妙円寺」と改称した。

 本尊は本門の大曼荼羅(だいまんだら)である。「三州吉田領神社仏閣記」(元禄6年)に,馬見塚村「法花宗,魚町裏,運立山妙円寺,遠州吉美村妙立寺末寺,上人,客殿七間・六間,境内東西三十九間・南北廿五間」とある。昭和20(1945)年6月の空襲で全山焼失した。昭和28(1953)年に平安塔(鐘楼(しょうろう))造立,同31(1956)年,本堂を新築した。

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このページは、2006年12月発刊の豊橋百科事典を元に作成しています。
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